東京地方裁判所 昭和37年(ワ)4033号 判決 1963年11月27日
原告 川永
被告 東運送株式会社 外一名
主文
1 被告らは、各自原告に対し金三九三、八一三円およびこれに対する昭和三七年六月一〇日以降右支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その一を被告らの平等負担とする。
4 この判決は、第一項にかぎり仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「1被告らは、各自原告に対し金七五三、八六七円およびこれに対する昭和三七年六月一〇日以降右支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一 昭和三六年六月一九日午前七時五分頃東京都板橋区長後二丁目二一番地先丁字路において原告の運転する原動機付自転車(三重町四〇五号ホンダベンリーJC五八年型。以下「原告車」という)と被告今泉の運転する大型貨物自動車(群一あ一七六六号。以下「被告車」という。)とが接触し、よつて原告は、左肢脛骨複雑骨折(左脛骨の完全骨折、左下腿首折部、天膝関節部、右足背に挫創)の傷害を受け、また原告車は破損した。
二(1) 被告今泉は、左記過失により右事故を惹起せしめたものであるから、民法第七〇九条の規定により原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。すなわち、原告は、中仙道都電通りを原告車に乗つて巣鴨方面より戸田橋方面に向つて事故の現場たる丁字路にさしかかつたところ、被告今泉が被告車に砂利を満載して同道路を戸田橋方面より丁字路に進入し来り、原告の直前七米位前の位置より直進中とほぼ同速度で急に右折し、右折合図の方向指示器をあげた。そこで原告は、衝突の危険を避けるため、即座にブレーキをふみ、ハンドルを右に切つたが間に合わず、原告車は被告車の後部左側車輪に衝突したのである。この場合、原告としては、被告車の速度から推して、被告車が右折して原告車の正面を横切ろうなどとは到底考えられず、それを予測できたのは、目前約七米程度のところだつたので、右事故を防止することができなかつた。それにしても、丁字路において右折する場合には、当然徐行する義務があるにもかかわらず、被告今泉がこれを全く無視して直進時の速度で進行し、しかも右折の場合には直進車に優先権があるにもかかわらず、これをも無視して原告車の直前を横切つたのであるから、本件事故が同被告の過失に基因することは明らかである。
(2) 被告会社は、被告今泉の使用者であつて、右事故は、被告今泉が被告会社の業務を執行するため同会社所有の被告車を運転していたときに生じたものであるから、次項(1)(2)(4)の損害については自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により、同項(3)の損害については、民法第七一五条の規定により損害賠償の義務がある。
三 原告が受けた損害は、次のとおりである。
(1) 入院治療費金九九、四三五円。すなわち、原告が病院に支払わなければならぬ費用は、一六六、〇〇〇円であるが、原告は自動車損害賠償責任保険金一〇〇、〇〇〇円を受領し、その中金五六、五六五円が入院治療費として給付されており、また被告会社より金一三、〇〇〇円の交付を受けたが、右の中、金一〇、〇〇〇円は、入院治療費として交付を受けているので、これを控除した残金九九、四三五円が、原告の受けた損害となる。
(2) 得べかりし利益の喪失による損害金一三〇、四一二円。すなわち、原告は、本件事故によつて昭和三六年六月一九日より翌年一月三日までの一九九日間休業した。ところで原告は、事故当時一日平均金九五〇円の収入があつたから休業したことによつて合計金一八九、〇五〇円の得べかりし収入を喪失した。しかし、その中、右責任保険金により休業補償費として金二五、六二五円の給付を受け、また生活保護法に基づき生活保護費として金三三、〇一三円の給付を受けたので、これを控除した残金一三〇、四一二円が原告の受けた損害である。
(3) 原告車の修理費用金三四、五五六円。
(4) 慰藉料金四八九、四六四円。すなわち、原告は、本件事故によつて昭和三六年六月一九日より同年一〇月七日まで入院し、前記傷害につき手術を受け、また退院した翌日より同年一二月一一日まで通院加療を受けた。しかし、脛骨の骨折部分を金属で補つているため、左肢は痛みがとれず跛行のやむなき状態で重い品物などもつことは、到底不可能となつた。機械組立工である原告がこのような身体になつたことは、一般に工員として働く道を閉されたことを意味し、原告の精神的苦痛は、甚大である。従つて、右の精神的苦痛を慰藉するには、慰藉料として金五〇〇、〇〇〇円が相当であると考える。ところで、その中、前記責任保険金より慰藉料として七、五三六円の給付を受け、また被告会社より金三、〇〇〇円の交付を受けたので、これの控除した残金四八九、四六四円が、原告の受けた精神的損害である。
四 そこで原告は前項(1)乃至(4)の合計金七五三、八六七円の損害を受けた。
よつて被告らに対し、右損害金七五三、八六七円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年六月一〇日以降完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
と述べた。(立証省略)
被告らは、「1原告の請求を棄却する。2訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一 請求原因第一項の事実は、認める。
二 請求原因第二項の事実の中、
(1) 被告今泉の過失の点は、否認する。
(2) 被告会社が被告今泉の使用者であつて、本件事故は、被告今泉が被告会社の業務を執行するため被告会社所有の被告車を運転していたときに生じたことは認めるが、被告会社に損害賠償責任があるとの点は争う。
被告会社は、昭和三六年六月一九日原告との間で左記内容の示談をしたので、被告会社には損害賠償責任がない。すなわち、
(一) 本件事故に関しては、被告会社は原告に対し原告車の修理代金を支払うこと。
(二) 原告は、被告会社が契約した自動車損害賠償責任保険によつて保険金を受領すること。
(三) 被告会社は、慰藉料として金一〇、〇〇〇円を支払うこと。
(四) そのほか被告会社より原告に対し見舞金として金三、〇〇〇円を支払うこと。
三 請求原因第三項の事実中、原告が自動車損害賠償責任保険金一〇〇、〇〇〇円、生活保護法に基づく生活保護費金三三、〇一三円の給付を受けたこと、被告らが金一三、〇〇〇円を原告に交付したことは認めるが、その余の事実は争う。なお、被告らが交付した金一三、〇〇〇円は、金一〇、〇〇〇円が原告の慰藉料、金三、〇〇〇円が見舞金である。
と述べた。
理由
一、請求原因第一項の事実(事故の発生、原告の受傷および原告車の破損)は、当事者間に争いがない。
二、そこで被告らの責任原因について審究する。
(1) まず被告今泉の過失の有無について判断するに、公文書であるから真正に成立したものと認められる甲第二号証乃至第七号証と原告本人尋問の結果を綜合すれば、被告今泉は、事故の当時、練馬区北町の東武練馬駅前の工事場へ行くため、玉砂利約六トンを積載した被告車を運転し、幅員一六・六米のコンクリートで舗装された通称中仙道都電通りを埼玉方面より巣鴨方面に向つて、時速四〇粁を越える速度で進行し、事故の現場である交差点(同交差点は、前記中仙道都電通りと幅員約九米の道路とが、二股に交差している地点である。)附近にさしかかつたこと、そして早朝のため交通量も余り激しくなかつたので、前方約三五米の都電の安全地帯に下り電車が一台停車していたのを認めただけで、巣鴨方面から対向して進行して来る自動車の有無を十分確認することなく、右折の方向指示器をあげながら、殆どそのままの速度で右折を開始し、交差する他の道路に入ろうとした瞬間、被告車の左方約一〇米の地点を原告が原告車に乗つて、巣鴨方面から埼玉方面に向つて時速約二五粁の速度で直進して来るのを認め、あわてて制動措置を講じたが、間にあわず、瞬時のうちに被告車の左側荷台の下部附近を原告車の前部に衝突せしめたことが認められる。前記証拠中右認定に反する部分は、措信できず、他に右認定に反する証拠は、ない。
してみると、本件事故は、被告今泉が右折に際し直進車の有無を確認することなく、単に右折の方向指示器をあげたのみで、漫然高速度で右折進行したために発生したものということができるから、本件事故の発生は、同被告の過失がその一因をなしているものといわなければならない。従つて、同被告は、直接の不法行為者として民法第七〇九条の規定に従い、原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。
(2) 次に、被告会社が被告今泉の使用者であつて、本件事故は、被告今泉が被告会社の業務を執行するため、被告会社所有の被告車を運転していたときに生じたことは、当事者間に争いがないから、被告会社に特段の免責事由がないかぎり、原告の受けた次項(1)(2)(4)の損害については、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定により、また次項(3)の損害については、民法第七一五条第一項本文の規定により、その賠償をなすべき義務がある。
しかして被告会社は、昭和三六年六月一九日原告との間で示談をした旨主張するが、右主張を肯認するに足る何らの証拠も存しないから、被告は、右損害賠償責任を免れることができない。
三、そこで原告の受けた損害について判断する。
(入院治療費)
(1) 原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第一〇号証の一乃至六によれば、原告は、本件事故によつて板橋区長後二丁目一八番地尾泉病院に入院し、その入院治療費金一六六、〇〇〇円の支払い債務を負担し、その支払いの請求を受けているが、手許不如意のため未だにその支払いをしていないことが認められ、反対の証拠はない。しかして右入院治療費の支払い債務は、履行期限の定めなきものと解せられるから、尾泉病院よりその支払いの請求を受けたときから、原告は遅滞の責に任じ、従つて、右請求の時にそれと同額の損害を受けたものと認められる。
(得べかりし利益の喪失による損害)
(2) 原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第一二号証によれば、原告は、訴外三和機械工業株式会社に機械修理工として勤務し、一日平均金九五〇円の収入をえていたこと、しかし本件事故によつて前記のような傷害を受け、昭和三六年六月一九日より同年一〇月七日まで尾泉病院に入院し、その間一一〇日程訴外会社を休み、合計金一〇四、五〇〇円の得べかりし収入を喪失し、同額の損害を受けたことが認められる。なお、原告は、本件事故によつて一九九日間休業した旨主張するが、これを肯認するに足る証拠がない。
(原告車の物的損害)
(3) 原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したものと認められる甲第一一号証によれば、原告は、昭和三五年一二月新品同様の原告車を金七〇、〇〇〇円で購入し、本件事故の当時まで使用したこと、そして本件事故によつて原告車は破損したので、訴外森下モータースに修理費用を見積らせたところ、金四四、八三〇円を要するとのことであつたが、被告らは、右金員の支払いに応じないので、やむをえず、スクラツプとして原告車を金一、〇〇〇円で売却したことが認められ、反対の証拠がない。右認定事実に徴すれば、原告主張のように、本件事故によつて原告車に金三四、五五六円相当の客観的価値の減少を生じたことを推認するに難くない。従つて、原告は、原告車の破損によつてこれと同額の損害を受けたものと認められる。
(慰藉料)
(4) 前記甲第四号証と原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は、大分県西国東郡真玉村尋常高等小学校を卒業の後、九州の炭鉱で四、五年程働き、その後炭鉱離職者援護協会の斡旋で昭和三六年六月四日上京し、板橋区志村町四丁目二九番地所在の訴外三和機械工業株式会社に機械修理工として勤務し、一日平均金九五〇円の収入をえて、内縁の妻と子供二人を養つていたが、本件事故によつて前記のような傷害を受け、尾泉病院に同年六月一九日より同年一〇月七日までの一一〇日間入院し、その間七月三日には骨折部分の固定手術を受け、退院後も同年一二月一一日まで通院加療を受けたこと、しかしこの傷害のため重量物をもつことが不可能となり、前記の訴外会社を退社し、現在は訴外第一ガラス株式会社に移つて、一ヶ月金三二、〇〇〇円の収入をえていることが認められ、反対の証拠がない。右認定事実に徴すれば、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、金四〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認められる。
四、そうすると、原告は、前項(1)乃至(4)の合計金七〇五、〇五六円の損害を受けたものと認められるところ、前記甲第二号証乃至第七号証と原告本人尋問の結果の一部を綜合すれば、原告は事故現場の交差点より約四〇米巣鴨寄りの地点において約一〇〇米前方の都電軌道左側を被告車が原告車に対向して進行して来るのを発見したが、原告は、被告車がそのまま直進するものと誤信し、原告車を徐行せしめることなく時速約二五粁の速度で交差点内に進入したこと、しかるに被告車が、原告車の前方二〇米位の地点より右折方向指示器をあげながら、右折して来るのを認め、急遽ハンドルを右に切つて被告車を避けんとしたが及ばず、遂に原告車の前部と被告車の左側後部とが衝突したこと、しかしてその衝突地点は、中仙道都電通りより他の道路に入りきらんとする地点であることが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は、措信できない。してみると本件事故は、単に被告今泉の過失のみでなく、原告の過失もその一因をなしているものといわなければならない。けだし、右のように被告車が交差点に向い原告車と対向して進行して来るのを認めた以上、原告としても被告車の動向に注目し、交差点内に入る際は徐行して、被告車が何時右折して来てもそれとの接触を防止できるよう注意するのが当然であつて、これを怠つた原告に原告車運転上の過失があることは、明らかである。そうすると、本件事故は、被告今泉と原告の共同過失によつて発生したものということができるが、事故発生の原因力は、前記認定事実に徴し、被告今泉の過失を七とすれば、原告の過失を三とみるのが相当であるから、結局、原告は、本件事故によつて金四九三、五三九円の損害を受けたものということができる。
しかして、原告が本件事故によつて自動車損害賠償責任保険金一〇〇、〇〇〇円を受領したことは、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一三号証によれば、保険金給付の際の査定損害額は、原告の過失を斟酌し、医療費を金一二八、三四〇円、看護料を金二三、三一〇円、休業補償費を金五八、一四二円、慰藉料を金一七、一〇〇円として合計金二二六、八九二円と認定し、傷害の場合の最高額金一〇〇、〇〇〇円を原告に給付したことが認められるから、原告は、右保険金によつて医療費金五六、五六四円、休業補償費金二五、六二五円、慰藉料金七、五三七円の補償を受けたものということができる。また原告が被告より金一三、〇〇〇円を受領したことは、当事者に争いがなく、被告の自陳によれば、右の中金一〇、〇〇〇円は、被告が慰藉料として原告に交付したものであることが窺われるから、結局原告は、慰藉料としてすでに金一七、五三七円を受領したものということができる。従つて、原告が受けた損害金四九三、五三九円よりすでに補償を受けた右合計金九九、七二六円を控除した残金三九三、八一三円が原告において請求できる損害である。(なお、生活保護法によつて原告が給付を受けた生活保護費金三三、〇一三円は、本件事故に基づく損害の填補たる性質を有しないから、右金員は、原告の損害金より控除すべきものではない。)
よつて被告ら各自に対し、右金三九三、八一三円およびこれに対する損害の発生後で本件訴状送達の日の翌日であること一件記録上明らかな昭和三七年六月一〇日以降右支払ずみに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求部分は、理由があるから正当として認容し、その余の原告の請求部分は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文の規定を、また仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉野衛)